SNEP(孤立無業者)とは

中・高齢者に見られるニート

働くことこそ人の生きる価値を示すものだ、などという時代は確かにあった。生産性を重視して、生まれる利益を誰もが実感できる時代を謳歌していたという高齢者の方もいるだろう。筆者のように現代で生まれ、現代の苦境に立たされて、現代の不況しか知らない人間にしてみれば豊かという言葉を実感できる瞬間はごく限られた瞬間、それも刹那のように霞んだモノでしかない。そもそも豊かさとはどういうものなのかは人によって異なる、ただそうした中で最も大多数の意見として上げられるのが金銭的な面だ。とにかく多額の年収を稼ぐことが出来ていれば勝ち組と考えている人もいるはず、それがこの世界で通説となっている。それだけのお金を一定期間稼げている事実があるだけで、大半の人が生活に安堵して、自分よりも底辺に位置している人々を蔑み、自分よりも不幸な人間だと哀れみという侮辱をかけてくる人間も残念ながら存在していると、肯定しなければならない。

しかしそうした栄華に自惚れていると後から自分が痛い目にあうのも道理として確立されている、自分達の生活に不満の余地などないと考えている人の方がもしかしたら危惧しなければならないかもしれない。不景気で会社を早期退職希望者を募っていたからそれを受諾し、トラブルを起こす事無く退職金を受け取ることが出来たため、その後の生活もある程度安定しているし、またそんなに焦らなくても時間は沢山ある、かつての職歴もあるから自分がまさか仕事を見つけるのに苦労を強いられることは無いだろうなどと安易に考えている人もいるほどだ。

本当にそんな人でも次の仕事が容易に見つけられるといえる保障などあるはずもない。この時、ある意味人は分岐点に立たされると考えるべきだ。何故か、それはどんなに優れた経歴を持っているからといって、突如としてレールの上から外れた人がその後、別のレールへと切り替えて軌道に乗れるかなど誰にも分からない。この時、正直な話何が何でも仕事をするという執着心も必要かもしれないが、仕事探しもどこかタイミングというものがあるので、その瞬間を見過ごさないようにするのも職探しをしている人には必要な見分け方だと考えている。

この時そつなく次という職業に就ける事が出来れば問題ない、だがつけなかった場合どうなってしまうかという展開はなるべく想像したくないところだろう。しかしそれでも考えなくてはならない、むしろキチンと現実を直視するためにもそうした可能性があった場合の対策も考えている必要がある。ダメだった場合、どうして自分にはダメだったかなどという反省点を分析するのもありだが、それさえしなくなってしまったらどうなってしまうだろうか。

今こうしてしている話はありえない話ではなく、あるからこそ恐ろしいのだと認識しておきたい。働きたいのに仕事が見つからない、やがて働く意欲が削がれていって、怠惰な生活を過ごしてしまうケースもある。そんな人々のことを一般的な意味で『ニート』とは呼ばず、かつて働いていながら突如仕事につけなくなってしまった人々のことを『SNEP(孤立無業者)』と呼んでいる。ではこのSNEP(孤立無業者)とは何なのか、まずはそのことから触れていこう。

どのような人々なのか

SNEPという風にカテゴライズされる人々には当然特徴が存在している、それはニートと同様に『学業や就業などに就いていない、20歳以上59歳未満の未婚者』のことを指している。どういう人々なのかは良いとして、問題とすべきはそういった人々の数が例年増え続けているという点に着目する必要がある。SNEPと呼ばれる人々がその数を顕著に示し始めたのは、今から14年前の2000年代に突入したばかりの頃からが数値として最も跳ね上がっている。ここから年々そうした人々は増加傾向にあり、11年後の2011年にはSNEPと区分けされている人はおよそ『162万人』にまで達していると見られている。

おおよその具体的な推移としては次のようになっている。

年代 孤立無業者数 総無業者数
1996年 74,6万人 132,4万人
2001年 85,4万人 171,2万人
2006年 111,8万人 196万人
2011年 162,3万人 255,9万人

この表を見てもらえれば分かるとおり、無業者の数は90年代半ば頃から増え始めていたこともよく理解出来るだろう。またその頃から通常の無業者とは違って特に、本当に一人で生活をしている孤立無業者の数は圧倒的とはいわないまでも、大体6:4の割合でSNEPと呼ばれる人々の数が多かった。

そこからの数字としてみただけの上昇率は半端ない、無業者、つまりはニートなどと呼ばれる人間を輩出している機構でもあるのではと勘違いしてしまいそうなほど、年間として考えても統計開始から15年までに無業者と呼ばれる人はおおよそ2倍以上も増えている。15年という歳月で考えればそれほど長い期間というわけではないという人もいるが、逆に短いと仮定した場合におけるこの無業者の増え方で考えれば、明らかに増えすぎていると読むべきだ。働かない人、というよりは働く気力がいつの間にか削がれてしまったとも言うべきところなのかもしれないが、今となってはその理由さえ本当に正しいものなのかどうかなど、誰一人知れる部分では無いだろう。

男性になりやすい

SNEPと呼ばれる孤立無業者は字のごとく、仕事を突如として辞めてしまうとその後人間関係が家族を除いた人々と繋がりがもてなくなってしまい、気付けば自分の周りに友人は一人も居なかったというケースに陥っている事がある。女性はそうした意味である意味社交的に物事を捉えることが出来るため、例え仕事を失っても人間関係まで消失してしまうこともない。

しかしこれが男性であれば話は別だ、また人間関係に対して固執した部分などを持っていない場合などは要注意だ。無論全てのプライベートな時間を使って友人と共にいれば良いということでもない。極端な話、そこまで頻繁に家族以外の人との触れあっていなければならないというわけではない。あくまで適度に友人といった、家族以外の気心知れた人との交流を持てているかでだいぶ違ってくる。

また孤立無業者の特徴として挙げられている点として、『情報に疎い』ということだ。現代社会では情報を収集するとなれば、テレビはもちろんのこと、パソコンや携帯、スマートフォンといったアイテムを全て無用にすることで、外に行かなくても広い世界のことをすべてはやや無理はあっても、簡単なニュースなどを知ることは出来る。SNEPと呼ばれる人々はそうしたデバイスを用いることをあまり良しとしておらず、インターネットなどを使用しないという点も特徴の1つとして挙げられている。

SNEPになってしまうと外に対しての関心が削がれてしまい、益々一人の時間を当然のこととして享受してしまうという。怖いところだが、これが事実というのだからどんなに自分の状況が良くならないとしても、内側に閉じこもるのだけは避けたい。もしもそんな生活をしていたら現代社会の問題として取り上げられている『孤独死』へと直結してしまうからだ。この話は正直洒落になっていない、いずれ仕事も見つかるだろうと安寧した考え方では路頭に迷うことも用意に起こりえる事を念頭に入れる必要がある。

SNEPはただの無業者では無い

SNEPという言葉、どういう意味かと調べてみて『無業者』だという言葉に辿り着いた人々に見られるだろう印象、それはニートに変わりないという意見が見られることだ。確かに言葉が違っているだけで働きもせず、何かを学んでいるわけでもないため、わざわざこうした区別をつける必要は無いと肯定する人もいるかもしれない。間違ってはいない、間違ってはいないのだが筆者的に見たSNEPとNEETは全く持って別格だと見ている。その理由としては、ニートと呼ばれる人々は基本的に34歳以下の『若者』というモノで考えると分かるかと思うが、この年代の人々にとって働いていようがなんだろうがパソコンを始めとしたツールを使用している確率が高いからだ。

必ずしもパソコンやスマホといったものを使用しているといったこともないだろうが、NEETと呼称される彼らにとってインターネットはとても重要な情報ツールとして活用されている。使用しなければそれこそ社会から取り残されてしまう、だからせめて自分を認めてくれない現実ではなく、誰に対しても強気でいられるネットの世界で自分というものを固辞しようと考えている人が見られる。それはそれで考えなければならない点はある、ただそうした彼らもSNEPと呼ばれる人達と比べたらまだ良いほうなのかも知れない。どうしてか、後者は基本的にそれまで『長年就業経験を持っている成人男性』がなりやすい傾向があるからだ。これまでの人生、仕事一筋で生きてきたという人もいるだろう、そんな人々にしてみれば仕事が決まらず、また友人も気付いたら仕事関係で構築されただけのうわっぺらなモノでしかなかったという、そんな事実を突きつけられてしまう。そしてダメ押しとばかりに、それまで勤務していた会社の経歴が選りすぐり、要はエリートと呼ばれる会社に勤めていた人ほど自己啓示が高く、プライドというものが憚ってしまうことがあるからだ。

ニートと呼ばれる若者は最初こそ労働に対して前向きに考えていた人も多いはず、ただ少しその螺子が違う方向に回されてしまったため、自分に対して自信喪失してしまい、そんな自分を否定したいがためにネットの世界に依存する傾向にある。一方でSNEPと呼ばれる人々は自分が築き上げてきた道に対して絶対的な自信と、自分に対しての誇りがあるため、現状を打破するために泥水を飲むような真似をしたくないと高望みをしてしまうが、振り返ってみると今まで自分には当然としてあるはずだった当たり前のものがないと気づき、自分に酔いしれていただけだったと絶望に苛まれてしまい、無気力に曝されてしまう人だと、筆者は考えている。

ニーとも確かに問題だが、まだ生活の一部として取り入れているインターネットなどを活用しているのは救いといえる、対してSNEPは外界と自分と言う殻に確かな障壁を作り上げてしまうがため、孤立してしまう。前者と後者、どちらも由々しき問題であるものの、問題度の高さとしてみた場合には後者に関しては誰かしらと関りを持つことを忘れてはいけないことになる。家族以外の人と接していないとは固定されているが、これでもしも家族がいなくなってしまったらそれこそその先に待つ結末は悲惨なモノでしかない。

孤立無業者にならないために

仕事をしなければ生きていけない、この事実がある限り働かなければならないのだが、誰しも一度職場から離れてしまったら『SNEP』になる可能性がある。だが人間、仕事だけをこなしていれば良いと言うモノでは無い、時に自分と冷静に向き合って進退を考えるのも時として重要な手段だ。このサイトではそんな現代に巣食う労働に付きまとう闇について考えるサイトだ。